運転を覚えたての頃のことを、たまに思い出す。今となっては笑い話だけれど、当時の僕はずいぶん真剣だった。
教習所のコースで、僕はやたらと肩に力が入っていた。ハンドルを握る手は十時十分の形を守ろうと必死で、隣に座る指導員の小さなため息ひとつで背筋が伸びた。アクセルとブレーキを踏み替えるたび、足の裏が地面を探るみたいにおっかなびっくりで、車というのはこんなに重たくて、こんなに自分の言うことを聞かないものかと思ったものだ。
免許を取って、初めて一人で乗った日のことはよく覚えている。誰も助手席にいない、ただそれだけのことが、あんなに心細いとは思わなかった。信号待ちのたびにハンドルを握り直すと、てのひらがじんわり湿っていた。右折のタイミングがつかめず、対向車が途切れるのをひたすら待って、後ろの車に申し訳ないなとミラーをちらちら見ていた。
それでも、不思議なもので、何度も乗っているうちに少しずつ体のほうが先に覚えていく。考えてから動くのではなく、気づいたら手が動いている。車幅の感覚も、ブレーキの効き始める深さも、いつのまにか自分の一部みたいになじんでいた。
今ではすっかり余裕ぶって、鼻歌まじりで角を曲がる。けれど、ときどきあの手汗の感触を思い出すと、なんだか可笑しくて、少しだけ愛おしい。下手だった自分がいたから、今の当たり前があるのだと思う。
誰にでも、最初のぎこちない一日がある。それが少しずつ手に馴染んでいく時間は、きっと運転に限らない。僕はそういう、ゆっくり馴染んでいく過程が、わりと好きなのだ。