うまく撮れた写真より、ちょっと失敗した写真のほうを、僕はあとで何度も見返している気がする。
スマホを構えるとき、僕はたいてい欲張ってしまう。もっと明るく、もっとまっすぐ、と画面の中で立ち位置を直しているうちに、目の前にあったはずの「これいいな」という気持ちがどこかへ行ってしまう。それで結局、最初に思わず撮った一枚がいちばんよかったりする。不思議なものだ。
この前撮ったのは、洗い終えたばかりのボンネットに雨粒が転がっていく、ただそれだけの写真だった。指でなぞる前の、まだ丸いままの水。シャッターを切った瞬間に小さな水滴がひとつ落ちて、画面の端がぼやけてしまった。ピントは外れているし、自分の指まで写り込んでいる。でも、あの朝の冷たい鉄の感触ごと残っている気がして、消せずにいる。
写真は記録のためだと思っていたけれど、最近はそうでもないと感じる。日付も場所も覚えていないのに、撮ったときの「なんとなく嬉しかった」だけがちゃんと残っている。むしろ下手なほうが、そのときの僕の慌てっぷりまで写っていて、見返すと笑ってしまう。
だから今日もたぶん、ぶれた一枚を増やすのだと思う。それでいい。うまく撮ろうとしないで撮ったものが、何年か経ってから、いちばんやさしい顔をして出てくるのだから。