車検の朝は、なんだか落ち着かない。子どもを遠足に送り出すときの親みたいな、そわそわした気持ちになる。
鍵を渡すとき、僕はいつも少しだけ口数が多くなる。「最近ちょっと音がするんですよ」とか、聞かれてもいないことまで付け足してしまう。本当はただ、しばらく会えないのが寂しいだけなのかもしれない。預けた車が工場の奥へ消えていくのを見送って、僕は手ぶらで歩いて帰る。その帰り道のことを、なぜか毎回よく覚えている。
それから数日は、財布の中身をそっと数えるような時間だ。いくらかかるだろう、あそこも替えどきだろうか、と頭の隅で計算しながら過ごす。覚悟はしているつもりでも、やっぱり少しだけ身構えてしまう。長く付き合うというのは、こういう出費も含めて引き受けることなんだな、と毎度のように思い直す。
そうして連絡をもらって迎えに行くと、車は妙にきれいになって待っている。タイヤの黒が深くなって、足回りもどこか軽やかだ。洗ってもらったわけでもないのに、ちょっと若返って見えるから不思議だ。エンジンをかけると、いつもより少しだけ静かな気がする。気のせいかもしれないけれど、僕はその気のせいが嫌いじゃない。
駐車場を出るとき、ハンドルを撫でるように握って、心の中でつぶやく。また数年、よろしくな、と。請求書の数字はそれなりに痛むけれど、不思議と惜しくはない。これでまた、いつもの道をいつものように走れる。それだけで、そわそわした数日間のお釣りは十分に返ってきた気がするのだ。