ときどき、なんにも考えたくない日があります。そういう日、僕はそっと湯につかりに行きます。
夕方、用事をひとつ片付けたあとに、近所の風呂屋へ寄ることがあります。暖簾をくぐると、もうそれだけで肩のあたりがゆるむのが分かる。湯気でぼんやり曇った鏡や、タイルにこだまする桶の音。べつに特別な場所じゃないのに、なぜか、ここは大丈夫だと思える空気があるんです。
熱めの湯に首までつかると、ふうっと声が出てしまう。今日あったあれこれが、湯の中でほどけて、どうでもよくなっていく。考えごとをしに来たわけでもないのに、力が抜けると、案外、小さなことが許せたりする。僕は湯につかっている時間が、けっこう好きです。
宮城の冬は冷えるから、外に出たときの、ほてった体に風が当たるあの感じがまたいい。火照りと冷たさのちょうど真ん中で、しばらくぼんやり突っ立ってしまう。湯上がりの一杯――瓶の飲み物でも、自販機の温かいお茶でもいい――を飲むと、ああ、生きてるなあ、なんて大げさに思ったりして。
立派な趣味でも、たいそうな話でもありません。ただ湯につかって、力を抜いて、帰り道をのんびり歩く。それだけのことが、僕にとっては小さなごちそうみたいなものです。あなたにも、そういう、なんでもないけど手放せない時間、ありますか。