用がなくても、ときどき近所をゆっくり歩く。すると季節のほうから、こちらへ近づいてくる気がするのです。
普段は車でひとっ飛びの道を、たまには歩いてみる。すると同じ景色なのに、まるで知らない場所みたいに見えてくるから不思議です。車の窓からは一色だった生け垣が、近づけば小さな白い花を点々とつけていたり、葉の裏に蜘蛛の巣がひとつ、朝露をぶら下げて光っていたり。歩く速度というのは、たぶん季節がこちらに合わせてくれる速度なのだと思います。
この時季の楽しみは、なんといっても匂いです。角を曲がるたびに、空気が少しずつ入れ替わる。誰かの家の庭から漂う草を刈ったあとの青くさい匂い、雨上がりの土の匂い、どこかの台所から流れてくる出汁の匂い。目をつぶっていても、いま自分がどのあたりを歩いているか、なんとなく分かってしまう。鼻だけで描く地図みたいなものが、僕の頭の中には一枚あるのです。
塀の隙間から伸びた名前も知らない草が、いつのまにか小さな実をつけていました。たぶん去年も一昨年も、ここに同じように実っていたのでしょう。ただ僕が気づいていなかっただけで。気づく、というのは案外ぜいたくなことで、急いでいるとそっくり通り過ぎてしまう。
用事のない散歩には、行き先も成果もありません。それでも家に帰ると、ポケットに季節をひとつふたつ、こっそり持ち帰ったような気分になる。明日もたぶん、同じ道を少し遠回りして歩くと思います。