信号待ちのあいだ、僕はよく前の車のナンバーを眺めている。あの四つの数字には、なぜだか飽きない不思議がある。
前の車のナンバーが「3」と「9」を並べていると、僕は勝手に「サンキュー」と読んでしまう。誰に礼を言われたわけでもないのに、なんだか少しだけ気分がいい。渋滞でじりじり進む列の中、そんな読み替えをひとつ見つけるたび、退屈がほどけていく。語呂合わせというのは、たぶん世界で一番ささやかな暇つぶしだ。
覚えやすい番号というのも、人それぞれ好みがあるらしい。ぞろ目に憧れる人もいれば、自分の誕生日を選ぶ人もいる。僕の番号はと言えば、特別な意味なんてない、ごくありふれた四桁だ。それでも長く付き合っているうちに、口に出すと不思議としっくりくるようになった。靴のサイズが足になじむのと、たぶん似ている。
面白いのは、隣に並んだ車の番号と、自分の番号がふと足し算できそうな気がしてくる瞬間だ。もちろん計算したところで何も起きない。でも青信号までの数十秒、頭の片隅でその遊びをしていると、待つことが少しだけ惜しくなる。
車を降りてしまえば、その番号のことなんてすぐ忘れる。けれど次の信号でまた、知らない誰かの数字に小さな物語を見つけてしまう。たいした意味はない。意味がないからこそ、やさしい遊びなのだと思う。