古川のひとりごと

前の人の、ちいさな気配

古川太郎 /  / 車のこと

中古車に乗っていると、ふとした拍子に、僕じゃない誰かの暮らしの跡に出会うことがあります。

シートにそっと腰を下ろすと、僕の体じゃなく、別の誰かの形にやわらかく沈んでいることがあります。背もたれの角度も、肘の置きどころも、なんだか僕より先に決まっていたみたいで。前の持ち主は、どんな人だったんだろう。きっと毎日この席で、信号を待っていたんでしょうね。

小物入れの奥から、知らないお店のレシートや、駐車券の半券が出てくることもあります。捨ててしまえばそれまでだけど、僕はしばらく手の中で眺めてしまう。この人はここでコーヒーを買って、この道を走ったのかな、なんて。会ったこともない誰かの一日を、ほんの少しだけ想像してみたりして。

ハンドルの、手のあたるところがほんのり艶やかなのも、好きです。きっと長いあいだ、誰かの手のひらに磨かれてきたんでしょう。雑に扱われた跡じゃなくて、ちゃんと連れ添ってきた跡。そういうものを見つけると、この車は前の場所でも大事にされていたんだな、と少しうれしくなります。

車は道具だと言われればそれまでだけど、こうして前の人の気配を受け取って、僕はまた次へ手渡していくんだと思うと、ただの鉄の箱には思えなくなります。宮城県北の、いつもの帰り道。沈んだシートにもう一度腰を落ち着けて、今日ものんびり、僕の形に馴らしていきます。


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