初めて遠くまで車を走らせたあの日のことを、僕はときどき思い出す。胸の奥が、少しだけくすぐったくなる。
まだ運転に慣れたばかりの頃、思い切って県境を越えてみようと決めた。今みたいに画面が道を読んでくれる時代じゃなくて、僕は助手席に紙の地図を広げ、赤い線を指でなぞって、行き先までの道のりを頭に叩き込んだ。出発前の、あの妙な緊張。靴紐を二回結び直すような落ち着かなさを、今でもよく覚えている。
走り出してしばらくすると、見慣れた田んぼや看板がふっと消えて、知らない景色ばかりになった。山の形が違う。川の流れる向きが違う。同じ宮城のはずなのに、まるで別の国に迷い込んだような気がして、ハンドルを握る手にじんわり汗をかいた。それでいて、目に入るものすべてが新しくて、こっそり胸が高鳴っていた。
案の定、途中で道を一本間違えた。狭い坂道に入り込んで、対向車とすれ違うたびにひやひやして、車を停めて地図とにらめっこした。今思えば、あの寄り道こそが冒険だった。予定通りに着いていたら、きっとこんなに覚えていない。間違えたからこそ通れた小さな商店や、軒先で手を振ってくれたおばあさんのことを、僕はまだ手放せずにいる。
そうして無事に目的地を踏んで、また同じ道を引き返した。家の近くまで戻り、見慣れた角を曲がった瞬間の、あの安心といったらない。たいした距離じゃなかったのかもしれない。それでも僕にとっては、ちゃんと遠くへ行って、ちゃんと帰ってこられた、はじめての一日だった。今でも知らない道に出るたび、あの日の指先の感触が、そっとよみがえる。