鳴子温泉駅の改札を出て湯けむりの匂いに導かれるように坂を上ると、下地獄源泉のほど近くに「コーヒーハウス純」の格子扉が現れる。大崎市鳴子温泉湯元の中心部、湯町の空気が濃く漂う一角に、この店は昭和の時間を封じ込めたようにひっそりと構えている。扉の前には映画『春との旅』のロケ地であることを伝える古びたポスターが飾られ、通りを歩く観光客の足を思わず止めさせる。共同浴場の下駄音や、湯上がりの談笑が背後で流れていく中で、この店の入口だけがどこか別の速度で呼吸しているように感じられる場所である。
扉を押すと、迎えてくれるのは棚を埋め尽くすコレクションの群れだ。映画のサウンドトラックのレコード、俳優のポスター、ブリキの銃、タイプライター、古い写真集——店主が長い年月をかけて集めた品々が、天井近くまで隙間なく積み上げられている。カウンターの奥ではサイフォンがコポコポと音を立て、湯気が薄いカーテンのように広がる。ART COFFEEの豆を用いた一杯は、香りが立ってから舌に届くまでの時間が長く、鳴子温泉で湯に浸かった後の緩んだ体にじっくり染みるタイプの味わいだと感じる。
看板料理はオムライスで、種類の豊富さで知られている。デミグラス、ハッシュドビーフ、和風あんかけ、カレー、トマトソースなどソースの選択肢が十以上並び、注文の段階で軽く悩ませてくれるのがまた楽しい。ふわりと膨らんだ玉子は、ナイフを入れた瞬間にゆっくりほどけていく質感で、大崎市鳴子温泉の観光客からも地元の湯治客からも支持を集めているとされる。温泉卵をのせたカレーやパスタ、日替わりランチ、チョコレートパフェといった甘味も揃い、コーヒー目的で入ったつもりが結局食事まで頼んでしまう客が多いのも頷ける品揃えである。
調理から接客までを店主一人で担っているため、料理の提供までに時間がかかる場面もある。ただ、その待ち時間こそがこの店の醍醐味の一つでもある。棚の隅々にある小物をじっくり眺め、レコードから流れる古い映画音楽に耳を傾け、窓の向こうに湯けむりが漂う様子を追う——鳴子温泉に来た理由を、体で思い出させてくれる間合いになる。急ぐ人よりも、湯上がりの余韻を長く味わいたい人向きの空間で、カウンター席・テーブル席のどちらも一人客が気詰まりせずに座れる配置になっている。
立地は、鳴子温泉神社や共同浴場「滝の湯」から歩ける距離で、湯めぐりの動線に自然に組み込める。JR鳴子温泉駅から徒歩数分という近さも、車を持たない観光客にとっては嬉しいポイントだ。昼下がりには浴衣姿の宿泊客が下駄をカランと鳴らしながら訪れる姿もあり、その光景そのものが鳴子温泉の名物と言えるだろう。周辺にはこけしの工房や土産物店が並び、店を出た後の散策にも困らない。鳴子峡や中山平温泉、鬼首方面へ足を延ばす前後の休憩点としてもちょうど良い位置取りである。
常連の中には、湯治で長逗留する高齢の客、鳴子こけしの工人、地元の職人、宿の主人など、温泉街の裏側を支える人々の顔がちらほら見える。彼らと店主の間で交わされる映画談義やレコードの話に耳を澄ますと、鳴子温泉という土地が芸能や工芸とどう結びついてきたかがふと見えてくる瞬間がある。観光客として席に着いているだけでは触れられない、街の内側の温度感が漏れ聞こえてくるのが、この店ならではの体験だ。個人的には、その端に座って耳をそばだてている時間が好きである。
秋は鳴子峡の紅葉帰り、冬は雪に埋もれた温泉街の窓越しに湯気を眺めながらの一杯、春はふきのとうの香りが山から降りてくる頃の休憩、夏は避暑を兼ねた長逗留客で賑わう——四季それぞれの表情がこの店の空気と綺麗に噛み合う。特に冬、雪明かりの下でサイフォンから立ちのぼる湯気を見ている時間には、鳴子温泉が湯だけでなく静けさで人を癒す土地であることを再認識させられる。大崎市の山あいの季節が、店の窓に一枚の絵のように収まっているような瞬間が確かにある。
営業時間は10時頃から18時台までとされ、案内によっては9時開店や17時30分閉店の表記もあるため、日によって多少変動する前提で動くのが安全だ。定休は不定休のため、遠方から確実に訪れたい場合は電話0229-82-2316で事前確認するのが確実である。鳴子温泉観光サイトにも店舗情報が掲載されているため、湯めぐりの計画と合わせて調べておくと動きやすい。混雑ピークは紅葉シーズンの週末昼と大型連休の午後で、その時間帯は席が埋まっていることも珍しくない印象を受ける。
会計は現金のみと案内されているため、湯めぐりの前に少し多めに現金を用意しておくと安心だ。近年はキャッシュレスに慣れた観光客も多いが、この店に関しては昔ながらの流儀を守っている一軒として受け止めておくのが良いだろう。むしろ、財布から千円札を数える所作を含めて、昭和の喫茶らしい体験の一部として楽しむのが正解だと思う。急な現金不足を避けるため、鳴子温泉駅周辺のATMの場所を頭に入れてから向かうと動きやすい。
周辺との組み合わせは幅広い。滝の湯や早稲田桟敷湯といった共同浴場の湯上がりに立ち寄る、鳴子峡や中山平温泉、鬼首方面のドライブの中継点として使う、こけし工房や日本こけし館を巡ってからの休憩どころにする——どの動線にもすっと収まる万能さがある。あ・ら・伊達な道の駅や鳴子ダムまで足を延ばす日程にも組み込みやすく、大崎市の観光の目玉である鳴子温泉郷を回るうえでの拠点の一つになり得る立ち位置だ。
鳴子温泉という土地は、湯・食・工芸・映画といった要素が濃密に絡み合った、宮城県内でも独特の文化圏を形づくっている。その中で「コーヒーハウス純」は、湯以外の切り口——コレクション、レコード、サイフォン、オムライス——から鳴子の面白さを提示してくれる稀有な一軒だ。昭和の喫茶文化を体験できる場所は全国的に減ってきており、鳴子温泉でこの空気にすっと入り込めることは、大崎市を訪れる価値の一つに数えて良いと思う。
旅の記憶に残したいなら、混みすぎない平日の午前中か夕方前を狙って、コーヒー一杯とオムライスを頼み、棚のコレクションを一つひとつ眺める過ごし方をおすすめしたい。鳴子温泉に泊まる予定があるなら、宿の夕食前の隙間時間に浴衣で立ち寄る使い方も似合う。湯上がりの緩んだ体でサイフォンの湯気を眺める時間こそ、この店を訪れる最大の理由になるはずだ。大崎市鳴子温泉を初めて訪れる人にも、何度も通う人にも、それぞれの距離感で楽しめる懐の深さがここにはある。
店舗情報
- 住所
- 宮城県大崎市鳴子温泉湯元107 地図で見る
- 電話
- 0229-82-2316
- 営業時間
- 10:00頃〜18:30頃(ラストオーダーは閉店前)とされる。情報により9:00〜や17:30までとの記載もあり変動あり
- 定休日
- 不定休とされる
- 公式サイト
- www.welcome-naruko.jp で見る
※営業時間・定休日・メニューなどは変わることがあります。最新情報とご予約は各店の公式のご案内でご確認ください。 記載の誤り・修正・削除のご依頼は 運営者情報 からどうぞ。
